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幼児虐待で逮捕?…完全にはめられた

3/21/2018

2 コメント

 
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アメリカの裁判に証人として出廷する経験をしました。

その1年は僕にとって大きな試練でした。

と同時に多くの事を学びました。

​その渦中では本当に真っ暗でどん底でしたが…


会話が少なくなっていった
​​

心機一転、引っ越しした僕は自由を満喫していました。

アメリカに来て、初めて得た自由です。

とは言っても、生活は相変わらず学校に入り浸りの毎日でした。

朝10時から夜10時まで、帰宅は11時頃でしたが、充実した日々を送っていました。

彼とは週末になると教会で会うのですが、あまり会話しなくなりました。

でも、「彼も自由を満喫しているんだよな」と喜んでいたのです。

お互い気を遣う関係ではなかったので、敢えて生活について訊く気になれなかったのです。
​


​あいつら悪いヤツだよ…
​

3ヶ月ほどして、彼の元気のない様子が見て取れました。

「どう?彼らと上手くやってる?」

と軽く訊いてみました。

それはある日曜の午後、珍しく彼が僕の家に来た時の事でした。

彼は、

「あいつら悪いヤツだよ…」

とつぶやいたのです。


おばさんの猛反対を押し切って一緒に住んだからか、彼も言い出しにくい様子でした。

「何で?」

と僕が突っ込むと、少しずつ話し始めました。

「あいつらマリワナとかコケインとかやってるしさぁ」

「そうかー。サーファーだしな。でもやったらアカンよ。」

「家賃とか払わないしさ…」

「…そりゃ困ったな」

てな会話で終わりました。
​


お互い干渉しない関係だったので、その場で解決策の提案もしませんでした。

しかし次の日…


レイプ
​

月曜の夕方、おばさんから電話が入りました。

ちょうど僕は夜の授業がなく、家にいました。

「警察から連絡があって…」

僕は何が何だか分からず、すぐにおばさんの家に向かいました。

​「よう分からんけど、幼児虐待で捕まったらしい」

「は?」

「本人も警察の言っとる英語が分からんから…ただ学校の帰りにポリスが家の前で待ち構えていて、そのまま連れていかれたと言っとる」

おばさんの娘さんがバイリンガルなので、警察から話を聞きました。

「彼がエリックをレイプした…」

「はぁ?そんなコトするわけないじゃん!」

「リチャードと弟とエリックの3人が証言したので、証拠が無くても警察は逮捕できるらしい…」


​仮釈放するために…
​

「そんな可哀想な!」

おばさんは、すぐに保釈する方法を聞いて動き出したのです。

5万ドルを払えば、とりあえず家に戻れるという事なので…

翌日、おばさんは5万ドル(500万円くらい)を持ってすぐに警察に向かいました。

おかげで友だちは仮釈放されたのですが…

足にセンサーがつけられ、外出禁止です。

外出は週に数時間だけ、同伴者付きという条件のもとで許されました。

その後すぐにおばさんが向かった場所は…


​弁護士を立てて、無実を証明しなければ
​

弁護士の事務所に出向き、裁判の準備を始めました。

1万5千ドル(150万円くらい)をおばさんは支払いました。

裁判の日が決まり、準備を進める中で僕にも重大な役割があると知ったのです。
​


「ひとちゃん(僕はそう呼ばれてました)は、彼がホモセクシュアルじゃない事を証言せなあかんらしいよ」

「そうですか…」

彼のためなら何でもやるつもりでしたので、当然引き受けました。

しばらく一緒に住んだ事があり、彼の素行を証言できるのは僕だけだったのです。


​初めての法廷
​

南カリフォルニアにいると、ショートパンツとTシャツとビーチサンダルというのが日常の服装です。

それでは印象が悪いのでスーツを買い、慣れない格好で法廷へ向かいました。

日本人教会のみんなが応援にかけつけました。

しかし、裏で弁護士が相手の弁護士と話し合うだけで時間が過ぎていき…

みんなが緊張する中、

「どうやら裁判は延期するらしい」

という情報が入りました。

で、弁護士が戻ってきた時にこう言い放ったのです。
​​


​刑は30年、でも12年で済むかもしれない
​

「この裁判で勝つのはすごく難しい…」

幼児虐待の罪は重く、簡単にくつがえせないのです。

92年当時のアメリカではすでに大きな社会問題になっていました。

「彼らは5回レイプしたのを目撃した、と言っている」

リチャード達はいつどこで、どんな風に友だちが性的な行為をエリックに強要していたかをリストしていました。

その中には、僕の家に泊まりに来ていた時に行われた性的虐待というのが含まれていました。

「1回につき6年の禁固刑だから、合計30年だ。1回やったと認めたら、2回はやった事が確実視される。」

「…で、どういう事?」

「つまり、12年刑務所に入っていればそれで済むかもしれない。それが現状のベストだ。でもそれも保証はない。」

「ふざけるな!」

みんな憤りました。

「刑務所行きになったら彼が囚人達に集団レイプされて廃人になってしまう…」

ロスアンゼルスの刑務所はそういう所だと以前から聞いていたので、恐ろしくなりました。

友だちは小柄でハンサムで、巨大な凶悪ゲイ囚人の絶好の餌食となる事は間違いないと我々は想像したのです。

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​弁護士をクビにする
​

がっかりして我々は帰途につきました。

「どうしたらいい?」

色々考えてみても、できる事などありません。

「あの弁護士が弱いからダメなんだよ」

という意見に落ち着いたので、その弁護士をクビにしました。


おばさんはロスアンゼルスでその手の案件でトップの弁護士に連絡しました。

確かポールという名前だったと思います。

後日TVでも見かけたりしたので、本当に有名な弁護士だったようです。

ハリウッドの近辺の彼の事務所で、ミーティングをしました。

オーラを感じる、やり手の弁護士という雰囲気が滲み出ていました。


「ソイツ、オレと同じ額を請求してたのか?」

といきなりクビにした弁護士の事を聞きました。

「それで全然仕事しないとはな…」

「オレに任せとけと言いたい所だが、確かにこれは難しい。みんなの協力が必要だ」

「はい、みんなそのつもりです」

とおばさんは答えました。
​

そして続けてポールは

「まずは裁判よりも相手を調べ上げる事からだ」

前の弁護士が法廷の裏で相手の弁護士と交渉しただけとは違いました。

本当に人の一生は弁護士で変わってしまうんだなあと分かりました。
​


​実は前科者だと分かった
​

僕は前科のある知り合いがいるので、はっきりさせておきますが前科があるからといって悪い人とは限りません。

本当に悔い改める人はいますし、よくがんばっています。

でも、そうでない人も多いです。

リチャードは東海岸出身で以前奥さんを軟禁し、3年禁固刑に服していました。

ポールが調査して分かった事です。

「えっ、じゃあベッキーが殺されたって話をしてたけど…」

「ああ、それもメキシカンに殺されたんじゃないかもな」

治安が最悪だった当時のロスアンゼルスでは、メキシカンに200ドル渡せば簡単に殺ってくれるという話も聞いていました。

友だちはポールに住んでいた時の状況を説明しました。

最初にリチャードがATMの使い方を教えて以来、家賃や色んな支払いを全て彼のカードを使っていた事など…

「つまり死人に口無しって事か」

金を使い込んだら、幼児虐待にして刑務所にぶち込めばいいという計画だったと弁護士は読んだのです。


​人間不信になった
​

「つまり最初からそのつもりだった?」

僕も彼と同じく騙されたのです。

いい友だちだと思っていました。

車を修理してくれたり、楽しく過ごしたり…

振り返って、エリックが裸でじゃれてきたりするのも全て計算されていた?

と思うと恐ろしくなりました。

そもそも彼らとおばさんの家の前の道路で偶然再会したのも、実は張っていた?

騙されたと知って、人間不信になり始めました。
​


​全力で反対したおばさんに申し訳なかった
​

友だちはおばさんの反対を無視して、リチャードと住みました。

でも悪いのは彼だけではありません。

僕も賛成しましたし、おばさんのそういう束縛から逃げたのです。

今は色んな経験を通して、大人の意見がどんなものか少し分かるようになったのですが…

本当に申し訳ない事をしたと思いました。
​
ある程度の束縛が必要な場合もあるのです。

責任とか人間関係とか、シガラミがバカな過ちから守る事もあるのです。

だからといってそこだけに執着すると何もできずに終わってしまいますが…

僕は騙されやすいので、この経験は勉強になりました。


​それでも助ける人だった
​

困っている人を見ると放っておけないのがおばさんでした。

反対を押し切って家を出た友だちでしたが、助けました。

お金だけでなく、世話もしていました。

でも彼だけではありません。

色んな人が、おばさんの元に助けを求めてやってきたのを僕は知っています。

でも助けられると、それが窮屈に感じるのか去っていく人も多かったです。

おばさんは画家で、アーティスト気質というか直感的な人でした。

理屈が通らない、と思った人も多かったでしょう。

​おばさんがお祈りをすると奇跡的に病気が癒されたりしたので、多くの人が彼女を頼ってきました。

僕と兄も毎週土曜におばさんに同伴して病んでいる人の元へお見舞いに行ったものです。

教会の牧師的な役割をしていましたが、教会と言っても海の目の前のロッジの1室を借りていただけでみんなの負担にならないようにいつも配慮していました。

奉仕でしたので、報酬など受けませんでした。

お金持ちだからそういう事ができたといえばそれまでですが…

人助けに生きた人でした。


​教会の友達もみんな協力した
​

おばさんは彼を自宅に泊めて、全て面倒を見ていました。

最初は週に数時間だけの外出でしたが、何ヶ月かすると1日に数時間外出が許され…

​​教会の友達が彼をバスケットボールに連れて行ったりして、気晴らしに協力してくれたのです。

毎日のように誰かが彼のところに来て励ましていました。


僕がアメリカにいた間、毎朝おばさんのお宅で朝食をいただいていました。

朝食の前には必ずお祈り会がありました。


おばさんから独立して参加しないでいたのですが…

友だちのために毎朝、そして夕食の時にも集まって祈るようになりました。

水曜日にもおばさん宅に教会のメンバーが集まるので、そこでも祈ったものです。


結局おばさんの家に戻った
​

6ヶ月くらいおばさんの元を離れて暮らしました。

しかし、おばさんの家に戻ることが良いとなりました。

おばさんは友達の世話で一日中大変でした。


​外出禁止なので、おばさんも相当参っていたようです。

あまりそういう顔は見せない人でしたが…

数ヶ月たって、彼が問題なく暮らしているので外出許可の時間が増えました。


また、おばさんの家以外でも住んでも良い、となりました。

あまり細かい事は覚えていませんが…

そんな感じでおばさんのためにも、僕が友達と一緒に住むのがいいとなりました。


​僕はというと…
​

僕は1日中カレッジに缶詰なので、彼とは夜だけ顔を合わせる生活でした。

カレッジにいる間は最高に充実した時間を過ごしていました。


​僕にとっては夢のような生活だったのです。


しかし帰宅すると現実に戻り、彼を思うとどうにもならない気持ちでした。

裁判は日程が決められ、その度にスーツを着て教会のみんなで法廷に出向くのですが、その度に延期されました。

毎回裁判が近づくと、彼は眠れなくなり、精神的にも限界になっていました。

僕もその様子をそばで見ていて、つらかったです。

テレビで冤罪や裁判で戦っている人たちを見かけると、その苦しみが少し分かります。

僕の場合は1年で終わったのでまだましです。

多くの人は長年かけて戦うのです。それぞれの日常の戦いもある中で…
​​


​両親も心配した
​

両親は僕の事を心配しました。

友だちを見捨てて帰国などできない、という僕の意見を応援してくれました。

しかし、裁判が終り次第帰国して欲しいと言われました。

裁判がなければ、先生や先輩に勧められたCAL ARTSに編入していたかもしれません。

でも、当時はそんな事どうでもよくなっていました。

帰国して両親を安心させてあげたいという気持ちが強かったです。

夢とか、そんな贅沢な生活はもういいと思いました。

そもそもこんな恵みをいただくとは思ってなかったので、十分感謝でした。


​いつまで続くのか…
​

最初から1年で決着がつくと分かっている事ならまだましかもしれません。

しかし、その最中は分からないのがキツいです。

学校では最高にエキサイティングな時間を過ごし、帰路につくとどん底に下る日々でした。

何もしてあげられないけど、ただ一緒にいる…そんな感じです。

友だちの方が何倍も辛い状況ですから、自分の事など考える余裕もなかったです。

「早く終わって欲しいね、でも勝利しなきゃいけない」

「これ、いつまで続くのかね…」

と話した事を思い出します。

このキツい状況にフラストレーションを抱えていたのは、被害者だけではありませんでした…


​イラだちはこちらだけでなかった
​

ある日、友だちの気晴らしにドライブに出かけました。

彼はサーファーですから、できなくても波をチェックしたくて仕方ありません。

それで車を停めて、しばらく眺めてから海沿いを走り、帰る途中…

「あいつら今ここら辺に住んでるんだぜ」

と友だちが教えてくれました。

リチャードとエリックはハーモッサビーチから、リドンドビーチのアパートに引っ越したらしく、弁護士から住所まで聞いていました。

「そうなんだ…」

と話していたら、なんと彼らの車と遭遇してしまいました。

「うわっ、やばい!やつらだ…」

後ろからすごい勢いで追突せんと、追い詰めてきました。

そして横並びになり、接近し僕らを睨みつけ、何やら叫んでます。

運転しながらなので非常に危険でした。

案の定、中指を立ててしばらくにらみ続けていました。

そして僕らを追い抜いて去って行きました。


「クレイジーなやつだな…」

「銃でも持ってたら撃ちかねない形相だったね」


彼らも追い込まれていたのかもしれません。

こちらがここまでするとは完全に想定外だったからでしょう。

まさか教会だけのつながりの人たちが、そこまでやるとは…

​5万ドルも払って保釈し、大金を払って弁護士を立てて幼児虐待の容疑を覆すために闘うとは信じられなかったのでしょう。

​


​ついに裁判の日
​

ついにその日が来て、午前10:00に裁判が始まりました。

よくTVで見かけるのと同じでした。

正装した教会の友だちが席を埋め、リチャード側の応援はいませんでした。

「陪審員のみなさん!」

リチャードが色んなウソを並べ立て、感情をあらわに訴えました。

「もしあなたの子供がそんな目にあったらどうですか?」

と泣き出しました。

「ようそんな演技しよるな…」

と我々は呆れてしまいました。



しかし訴えも虚しく、陪審員たちは鋭い質問を浴びせたのです。



「なぜお金を彼に払わせていたのか?」

​「そもそも一緒に住む前に虐待を目撃していて、なぜ一緒に住んだんだ?」

「最初から金目当てだったんじゃないのか?」

彼らの焦点は虐待よりむしろ金でした。
​

そして、エリックにも質問をしていくと…

「言い分が噛み合ない」

となりました。

子供ですから、突っ込まれると話のつじつまが合わなくなりました。

そして休憩に入り、陪審員たちは協議に入りました。
​
​


​ついに勝利
​

緊張しながら再び法廷に入り、僕は証言するはずだったので待ち構えていました。

ドキドキして心臓が破れそうでした。

しかし証言するにいたらず、裁判長が友だちの無罪の判決を下したのです。

我々は皆泣いて喜びました。

裁判に勝つとはこういう事なんだと経験しました。

本当に「晴れて…」という言葉の意味がよく分かります。

今まで何をしてもいつもこの事が頭にあり、憂鬱でした。

友だちは精神的苦痛によく耐えたと思います。

僕は一緒にいて、それがどんなものかよく分かります。

ハッピーエンドでよかったです。

神様に感謝しました。


​裁判が終わり…
​

全てから解放され感謝ではありましたが…

払ったお金はというと、戻ってきません。

裁判は友だちの無実を証明するためでした。

支払った金を取り戻すためには、そのための裁判をしなければいけません。

リチャードとエリックはすぐに姿を消しました。

東海岸へ逃げたと聞きます。


南カリフォルニアは住むには最高に快適な気候です。

​ゴールドラッシュの歴史があります。


昔から人の出入りが激しく、世界から色んな人が流れてきます。

その分サクセスストーリーも多くありますし、多くの悪い人も故郷を追われて逃げてきます。

人間関係がドライなのは感じていました。

歴史的にも個人的な経験からも納得します。


人に騙されたり、陥れたり…欲に渦巻く日常なわけです。


そんな中でも善良な人は本当にいて、犠牲を払って助けてくれたおばさんもいました。

また全教会メンバーの献身的な支えと祈りがありました。

みんな本当に彼を思っていたのです。

そういう人たちと知り合えた事に感謝します。

困っている人を助ける事の大変さ、また尊さを知る事ができました。


しかし多くの場合、そういう助けもなく闇に葬られていく人が多いのです。
​
貶められてしまう人が存在する事、冤罪について考えるようになりました。

​TVなどで報道されている事が全てではない、と疑うようになりました。

​

時を同じくして、日本人留学生がパロスヴァーデスというすぐ近くの高級住宅地のスーパーの駐車場で銃殺されました。

安全を金で買うために僕もおばさんの好意に甘えて、リドンドビーチに住んでいたのですが、そんな事件が起きました。

両親も裁判が無事に勝利で終わって、安心しましたが…

ずっと心配して祈ってくれていました。


そして裁判の終わりは、僕の留学生活の終わりを意味していました。


こんな感じでアメリカを後にしたのです。

あの事件は僕の人生に大きなインパクトを与えました。


海外で一人というのは
​

この事件はインターネット以前の時代の事ですから、今では違うでしょう。

事件が起きても何とかなるかもしれません。


それでもやはり、海外でたった一人で行動するのは危険だと思います。

また留学エージェントも、ホストファミリーについてどこまで知っているか?

疑問です。

まさかリチャードのような人物だと知っていたら、紹介はしなかったはずです。


情報が簡単に得られるようになりました。

しかし、やはりいざという時のために信じられる誰かが必要です。

海外旅行や生活をこれからしようと思っている方は、できるだけ備えましょう。

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2 コメント
木野渡
11/18/2020 10:29:31 am

自由の責任と、束縛の安寧。

よく漫画や物語では、独立する自由を美しいものとばかり扱いますが、
一方判断を間違えて手にした自由は、結局新たな束縛を得ただけに過ぎず__まして自分を助けてくれる庇護の束縛ではなく、騙そうとする悪意の束縛であったのなら尚更に悲しいことなのでしょう。

kawaiさんとご友人が体験した『中指を立てて睨みつける悪意』と『騙す嘘つきが泣きながら乞う卑しさ』たるや、どれほどつらいものだったか、自分には想像することしかできません。

ただひとつ言えることは、kawaiさんやご友人が今も元気なまま毎日を生きてくれていることに__お二人を助けてくれた おばさまと仲間の皆さまに深く感謝をお伝えしたい、ということです。

健やかに生きてくれているだけで感謝が溢れる__病が大流行するこの時代なので、尚更に深くそう感じられるようになりました。

思い出したくないであろうつらい体験を、読者やリスナーのためにシェアしてくださり ありがとうございます。

返信
ひとし
1/19/2021 03:15:57 pm

返信が滅茶苦茶遅くなり、ごめんなさい…


確かに、映画や漫画などは束縛からの解放を賛美しますね。
でもこの類の自由は、真の自由ではないと、この経験から学べました。
実際には、僕も束縛は嫌いなので、嫌な時は嫌だと言うようにしてますが…
自分が自由でいられるかどうかは、内面を鍛えるに限りますね。
僕もまだまだですけど、少しでも気づいたのは良かったですよ。

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